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プロフェッショナルダイバーのための潜水医学講座(その2)
---なぜ酸素供給法を学ぶ必要性があるのかー 酸素供給法コースを習得することが必要なことだとは分かってはいるが、どのくらい重要なのか。どのように有用で、実際の現場での効果はどうなのだろうかなどが具体的に分かると、もっと前向きに受講する意欲もわいてくると思います。また、ビジネス的にも有益性が期待できるはずです。今回は、なぜ酸素供給法を学ぶ必要性があるのかを、実例をおり混ぜてお話ししたいと思います。 1.酸素の使用と法律 応急手当に酸素が有効な事は常識的には分かっていると思いますが、ではなぜこれまで一般人に普及しなかったのでしょうか。それは日本の法律の問題が明確になっていなかったからです。しかし、総務庁が平成6年に骭通事故現場における市民による応急手当促進方策委員会報告書を作成し、民法上では善意で実施した応急手当でかえって容体が悪化しても法的責任を問われることはまずないうえ、刑事上でも救急手当実施者に要求される注意義務が尽くされていれば、過失犯は成立しないし、その注意義務の程度は医師に要求されるものよりも低いであろうという、現行法の免責制度についての周知徹底を求め、これにより法的責任への不安を感じることなく応急手当が出きることを説明し、応急手当の普及に力を入れることを表明、さらにこれは交通事故に限らないことを唱ったことから前進が始まりました。では酸素の使用ということになりますと、民事法、刑事法の他に医師法と薬事法があります。この問題をクリアするために、DAN JAPAN〔(財)日本海洋レジャー安全振興協会〕では減圧障害の場合、医療品である酸素を投与するのではなく、意識のある事故者自らが自発呼吸(自分で呼吸をする)により酸素を吸って症状改善や悪化防止を図ること、またはこれを第三者が本人の了承のもとに手助けすることは医療行為(投与)には当たらず供給であるとし、その際の知識を教える応急手当の一環としてのコースであることを前提としています。意識がない場合では、医師法に触れることになりますが、前述の様に民法上では責任は免除されます。諸外国では自分に危険が及ばない状況下で、救助を行うことが必要であるのに、しかもそれが可能であるにも関わらす救助をしなかったときには罰せられるという法律が見受けられます。このような法律が日本にはなく、またみて見ぬ振りの日本人の国民性も手伝って、救急法や酸素供給法が日本で普及するのが遅れているのでしょう。世界的信頼のある PADIのメンバーである皆さんが、先頭に立って日本で酸素を普及させようではありませんか。 2.応急手当にどのくらい酸素が有効なのか ダイビングに関わるトラブルで、どの様なものに酸素が有効なのでしょうか。それは一酸化炭素中毒、ハイパーカプネアなどのハイポキシア、肺破裂によるエアーエンボリズム、溺れ、減圧症など全ての潜水事故に対して重要です。その他に移動中の交通事故も考えられます。これらに対して酸素吸入は体の各組織、特に酸素欠乏に弱い脳に酸素が供給されるようにすることが目的です。ちなみに心臓停止から3分後に50%、5分後には100%が死亡し、心臓が動いていても呼吸停止から10分後に50%、20分後には100%が死亡します。これらの場面に遭遇したとき、皆さんがすでに習得しているMFAによって救命措置が行われるでしょうが、この際に空気や自分が吸った二酸化炭素が多い呼気を肺に吹き込むよりも、高濃度の酸素の方が何倍も有効なのは想像できると思います。私が救急救命センターに勤務時代、途中から救急救命士の導入がなされたときでした。正確な数字は不明ですが、心肺蘇生術のみが行われていたときよりも、酸素吸入が施される様になって、運ばれてきた患者の救命率はかなり上がったのを実感しております。 ダイビングに関わるトラブルのうち、特筆すべき事はエアーエンボリズムと減圧症に対しての酸素の有効性です。これらの疾患については皆さんすでに良くご存じだと思いますが、簡単に復習しておきます。体の血液に溶け込んだ窒素が、急激に減圧されると気泡化し、塞栓症(血管が詰まる)を起こすため、詰まった先の組織に酸素を運ぶ血液が行かなくなるのがその本体です。ではなぜ減圧症に酸素が有効なのかというと、なるべく高濃度の酸素を吸入することにより、血液中の酸素分圧が高くなり、その結果分圧が低くなった窒素との圧勾配によって気泡が小さくなるうえ、からだ全体の組織中にとけ込んでいる窒素が血液中に戻り、肺からの窒素排出がスピーディーに行われるようになります。酸素と窒素の圧勾配が大きいほど窒素の排除速度が速いため、なるべく高濃度の酸素を吸入する必要があります。このためにはデマンド式吸入バルブによる酸素吸入が必要となるのです。マスクによる酸素吸入ではやらないよりもずっと良いけれども、デマンド式とは比較にならないものがあります。エアーエンボリズムは空気の塞栓症ですが、空気の80%は窒素ですので、やはり高濃度の酸素によって気泡を著明に小さくすることができます。完全に気泡を消失させることができず、血流が完全に戻っていない場合でも、高濃度の酸素がとけ込んだ血液が、少しでも塞栓症の場所より末梢に行くことによって、その組織や臓器を救うことができるのです。このため、デマンド式吸入バルブの使用方法やテクニックを身につける必要があります。酸素吸入は発症後なるべく早いほうが有効で、病状の改善や後遺症の激減につながります。減圧症の患者さんに対する酸素の効果について、酸素吸入をした場合としない場合を比較したデータがDANアメリカで調査され、死亡率、後遺症の発症率の差が歴然としておりました。別の報告で、動物実験でも酸素を与えられた減圧症動物の方がなんと80%以上の治癒、改善率の上昇が認められました。 3.減圧症に対する酸素の有効性の事例 私の身の回りでの昨年の事例を取り上げてみましょう。国内のあるところで、カメラ派ベテランダイバーが水深35mで撮影をした時、ダイビングコンピューターが減圧停止を知らせました。うっかりと減圧を出してしまったそのダイバーは、3m5分の減圧停止を始めましたが、減圧中に体が重くなり意識がもうろうとしだしました。何とかコンピューターの許可が出るまで減圧停止を終え浮上しましが、海面に到達したときにはおぼろげな意識で何となくものが見え、呼吸がやっとできるだけで、手足や体は全く動かせないし、耳鳴りだけで何も聞こえない状態でダイビングボートに引き上げられました。そのダイバーは下痢による脱水症があるうえ反復する深い潜水のために、脊髄型と内耳型の減圧症という命に関わる重体になったのです。しかし、幸いな環境にそのダイバーはあったのです。ボートに引き上げられると、先にエキジットしていた医者と看護婦のダイバーによって脊髄型減圧症であることを直ちに診断され、ボートに装備されていた酸素吸入を開始しました。船長は無線で緊急連絡をとり、港には救急車が待機しておりました。ボートが港についたとき、ボートの酸素はちょうど切れかかっておりましたが、救急車の酸素に引継をされ難を逃れました。最寄りの再圧設備がある病院に運ばれ、待機していた病院の医師により直ちに再圧治療が行われ、一命を取り止めたのです。合計20回以上にわたる再圧治療により、1年後の現在ではわずかな耳鳴りだけが後遺症として残ったのみです。このダイバーにはいくつもの幸運があったわけです。ボートに医者や看護婦がいたこと、ボートに酸素と無線の設備があったこと、再圧施設が近かったことです。どれか一つでも欠けていれば助からなかったでしょうが、治療としては再圧治療中の酸素を含め、酸素の力無くしては救命し得なかったケースであることは間違いありません。その他の特別な薬など要らないのです。 4.人間の体、酸素の特性を知らずして酸素は扱えない ダイブマスターやインストラクターになるまでに、皆さんはすでにエンサイクロペディアや各マニュアルなどにより、潜水に関わる生理学、解剖学を習得してきているわけです。ですから酸素コースの時に、この点については取り立てて新しく学ぶことも少ないかと思いますが、酸素供給法を学ぶ前に呼吸器系と心臓・血管系の観点から酸素の流れをまとめ直し、復習する必要があるでしょう。空気中の酸素を、肺から血液中のヘモグロビンに取り入れ、心臓から血流に乗って体中の各組織に酸素を供給し、代わりに二酸化炭素を運んできて肺でこれを放出するまでの解剖学や生理学です。 そして次に酸素の特性や有害性を知らなくてはなりません。酸素はそれ自身、可燃性の物質ではありませんが、燃料と熱があると大変危険な燃焼が起き得ます。また、高圧下で高濃度酸素を吸入すると急性酸素中毒(神経症状)が、地上でも数日間も酸素を吸い続ける事によって慢性酸素中毒(肺傷害)が起きる可能性があることは良く知られています。 その他に、工業用酸素と医療用酸素があり、工業用は人体には使うべきでないこと、ダイビング用空気タンクとは違った酸素ボンベの取り扱い上の注意点なども知っておかなくてはなりません。これらの知識を持ったものだけが、応急手当の際、酸素供給を行えるのです。 5.酸素供給法のコースとプログラム DAN JAPANの酸素供給法資格には、DAN酸素インストラクタートレーナー、DAN酸素インストラクター、DAN酸素プロバイダーがあります。PADIのランクで言えば、それぞれコースディレクター、スペシャリティインストラクター、それと一般のファンダイバーに該当します。DAN JAPANは直接CDにDAN酸素インストラクタートレーナーコースを開催し、トレーナー資格を認定します。DAN酸素インストラクタートレーナーは各指導団体の下、DAN酸素インストラクターを指導養成します。この酸素インストラクターがDAN酸素プロバイダーコースを開催し、一般のファンダイバーをDAN酸素プロバイダーに指導養成します。受講前資格として、MFAなどのファーストエイドカリキュラムを受講していることが必要です。 DAN酸素プロバイダーコースはMFAとは異なり、各自の指導団体のダイバーにしか開催できず、PADIでノンダイバーを対象に講習・認定できません。ではダイビングボート関係者やプール監視員などのノンダイバーがDAN酸素プロバイダー認定を受けるにはどうしたらよいかというと、ダイビング指導団体でないが、酸素インストラクタートレーナー資格者がいる団体(スポーツセンターなど)で講習を受けられるのです。しかしダイバー同様に、受講前条件としてMFAなどのファーストエイド受講済みであることが必要です。 では、実際のDAN酸素プロバイダーコースのカリキュラム内容はというと、解剖と生理学、潜水障害、酸素の効用、酸素供給器材、酸素供給技術の習得、酸素使用上の注意といった各項目に分かれています。これらの知識、技術を習得するのは、Cカード保有者でMFA受講済みのものであれば、決して難しくはないはずです。 6.みんなが酸素を持てば怖くない 酸素ボンベは容量も色々で、また酸素供給器材の装備によっても、その人の症状によっても酸素消費量はまちまだと思われます。医療から遠隔地で活動することが多いダイビングというレジャーは、救急車が到着するまで、あるいは自分たちで医療施設へ搬送するまでに時間を要することも考えられ、手持ちの酸素を消費しきってしまう可能性もあります。もちろん、事故直後に酸素ボンベを1本分供給できれば相当な効果はありますが、できれば医療サイドに渡すまでは酸素を供給し続けたいものです。では、皆さんが当たり前に酸素を持っていたらどうでしょうか。各現地サービスやダイビングボートに当然のように装備されていれば、事故の際にみんなの酸素ボンベを持ち寄って貸しあえば、酸素切れの心配など無くなるわけです。たとえ漁船でもダイバーを乗せるなら、酸素を持つべきです。それほど安心してダイビングが楽しめる環境は無いでしょう。そして事故者の救命率は今よりもずっと上がるでしょう。一刻も早くそれを実現出来るように皆さん1人1人が行動して下さい。 7.酸素供給コース開催によるビジネス的メリット 酸素供給コースを開催するに当たり、現実問題としてDAN酸素インストラクターやトレーナーになるには貴重な時間とお金を要し、そして高価な酸素供給器材もそろえなくてはなりません。では他にも何かメリットがあるのでしょうか。それは次のようなものが考えられます。 (1)MFA開催の機会が増える 前述のごとくDAN酸素プロバイダーコース受講前条件として、MFAなどのファーストエイドカリキュラム修了が必要です。逆に言えばDAN酸素プロバイダーコース受講希望者は、ダイバー、ノンダイバーを問わずMFAを受講しなくてはなりません。今までよりさらにMFAを開催する機会が生まれる可能性が高くなるわけです。 (2)DAN酸素プロバイダーコースの開催による増収 PADIでは色々な価値あるスペシャリティーコースを設定していますが、DAN酸素プロバイダーコースはその中でも特に価値が高く、いずれのランクのダイバーもすぐに受講でき、趣味やダイビングスタイルを問わず全ダイバーが共通して受講しうるものでしょう。MFA共々増収が見込めます。 (3)ダイブセンターの質の高さの広告効果 エントリーレベルのCカード受講者に、ダイビングの楽しさを教える反面、危険性も教えなくてはならないのはもちろんのことです。このときに、酸素を用意してあるダイブセンターは受講者のネガティブ思考を最小限にすることができ、かつお客様への質の高い安全意識の強調と、それによる信頼感の売り込みができるでしょう。 (4)自分の保険としての酸素供給器材 PADIのメンバーが活動をするときには、保険に入る義務と必要性がありますが、この保険というのは事故があって、それからの補償ということになります。もちろん保険は絶対必要です。しかし、酸素供給器材の用意は補償を必要とさせない、あるいは最小限の補償ですませられる可能性を十分に秘めています。前述のごとく酸素がなければ死亡するダイバーが助かったり、重度の後遺症のはずがほとんど後遺症を無くしたりできるからです。お客様を守れるという自分自身への安心感も、プロダイバーには大きな心の支えとなるでしょう。 最後に、講習などで無くなった酸素を充填する際、知り合いの開業医さんがいましたら値段を聞いてみて下さい。医療用酸素は取り扱う業者によって値段が相当異なるからです。私の地区では保険点数すら決まっておらず、仕入れ値によって患者さんへの酸素投与料金が決まるぐらいです。近所の開業医でも、治療費が異なるというわけです。現行の保健医療システムにおいて、このようなことは特例なのです。ひょっとすると、今ダイブセンターで充填している業者よりも安く仕入れている先生にお願いできるかも・・・。 <訂正とお詫び> 前号のPJレポートの骼ィを診断できるインストラクターになろうにおいて、本文中及びフローチャートのなかで、骭ク圧症はエキジット後1時間以上たってから発症とあるのは誤りで、正しくは骭ク圧症はエキジット後1時間以内に発症です。謹んでお詫び申し上げるとともに、訂正をお願いいたします。 本文に関してのご質問、ご意見および取り上げてほしい題材などがございましたら、PADIカレッッジまたは直接三保耳鼻科E- Mail;mihojibi@ask.ne.jpにご連絡下さい。 |
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